亜細亜大博覧会
亜細亜大博覧会(あじあだいはくらんかい)とは、明治政府内で博覧会行政の中核を担っていた佐野常民が提唱した万国博覧会構想に端を発し、1885年に農商務大臣の西郷従道が政府に提出した、アジア諸国並びアジアに植民地を持つヨーロッパ諸国が参加する事実上の万国博覧会構想である。 亜細亜大博覧会は日本、そしてアジア初の万国博覧会構想であったが、政治課題が山積している上に財政難の状況下にあり、事実上欧米諸国が参加の主体になる可能性が高いと考えられることにより多額の経費がかかると見込まれるため、開催は困難であるとの大蔵省の意見が通り、構想段階で中止となった。