新潟日赤センター爆破未遂事件
新潟日赤センター爆破未遂事件(にいがたにっせきセンターばくはみすいじけん)とは、中国地方各地における韓国工作員による密出入国と、1959年12月4日韓国代表部(領事館)の金永煥三等書記官などにより企てられた新潟県での暗殺・爆破テロ未遂事件。 == 事件の背景 == 朝鮮戦争が膠着状態となり、1951年7月から休戦会談が開始されると、韓国大統領・李承晩は1952年1月18日に李承晩ラインを宣言し、竹島を占領するとともに対馬は韓国領であると主張して日本に「返還」を要求、さらに日本の漁民数千人を抑留し、第一大邦丸事件のように無抵抗の日本人を虐殺する事件を引き起こした。