早稲田大学事件
早稲田大学事件(わせだだいがくじけん)とは、連合国軍占領下の日本において、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の総司令官であるダグラス・マッカーサーの指令の下に行われた、共産主義勢力のシンパ(支持者)とみなされた公務員や民間人が強制的に退職させられたレッドパージに対して、1950年(昭和25年)10月17日に早稲田大学構内で学生が反対した学生運動であり、暴行事件に発展した運動に対して警察が大学当局の要請に応じて出動した事件である。 == 事件の概要 == 1950年(昭和25年)10月17日午後1時、全日本学生自治会総連合(全学連)の下部組織である東京都学生自治会連合(都学連)に加盟する早稲田大学、東京大学、中央大学、法政大学の学生約500人が、レッドパージに対する反対を掲げ、早稲田大学自治委員会の主催で「平和と大学擁護学生大会」を大隈講堂で開催する予定であった。