東大寺大仏殿虹梁
東大寺の大仏殿の屋根を支える2本の虹梁(こうりょう)は、それぞれ長さ23.5メートルのアカマツが使われており、1704年(宝永元年)、日向国の白鳥神社から大和国の東大寺まで延べ10数万人が参加し9ヶ月をかけて運搬された。 == 経緯 == 奈良時代に建立された東大寺大仏殿は1181年(治承4年)、平重衡の南都焼討によって焼失し、鎌倉時代に重源らによって再建された大仏殿も戦国時代の1567年(永禄10年)、松永久秀の東大寺大仏殿の戦いで焼失したが、1684年(貞享元年)に公慶が再建のための勧進を始めた。