松川の戦い
松川の戦い(まつかわのたたかい)は、関ヶ原の戦いでの東軍勝利に乗じて福島地方へ南下してきた伊達政宗の軍と会津若松城上杉景勝配下の本庄繁長と須田長義率いる上杉軍との間で行われた戦いである。 == 概略 == 具体的な発生時期については諸説あり、主に『改正三河後風土記』(第42巻:上杉・伊達合戦の事)、『常山紀談』(巻之16:伊達上杉陸奥国松川合戦の事 附永井善左衛門 岡左内が事)、『東国太平記』(巻第15:松川合戦政宗福島ノ城ヲ攻ムル事)、『会津陣物語』(第4巻:松川合戦に政宗、福島城を攻める事、井せて須田大炊介、政宗と逢隈川合戦(陣幕を切り取る)事)、『武辺咄聞書』によれば、慶長6年(1601年)4月26日に、現在の福島県福島市の中心部で伊達政宗と上杉景勝麾下の本庄繁長・須田長義が戦った合戦だとされる。