松野トンネル崩壊事故
松野トンネル崩壊事故(まつのトンネルほうかいじこ)は、国鉄磐越西線(当時岩越線)の喜多方駅 - 山都駅間にかつて存在した松野隧道(1907年2月21日着工、1909年12月20日竣工、1910年12月1日供用)が、竣工からわずか8年後の1917年(大正6年)早春に大崩壊し、喜多方駅 - 山都駅間が1年以上不通になった事故。 == 概要 == JR磐越西線(当時の官設鉄道・岩越線〈がんえつせん〉)の喜多方駅 - 山都駅間には、慶徳トンネル旧東口(旧喜多方坑口)の沢をはさむよう相対して松野トンネル(延長264.6m)が存在し、慶徳村と小川村(いずれも現在の喜多方市)の境界付近を直線で結んでいた。